正直に言う。私は、自分が会社で書く文章を面白いと思ったことが、一度もない。
どういうこと、と思うかもしれない。順に話す。
私は管理部門の仕事の一つとして、社内に向けた広報誌のようなものを長く作ってきた。会社の行事のお知らせ。人の出入りの紹介。節目の挨拶。組織のトップが寄せる言葉。そういうものを決まった型に乗せて、記事にしていく仕事だ。
これが、とにかく、お硬い。
遊びの幅が、まるでない
硬いのには理由がある。
これは社員のみんなが読むものだ。そして、組織の上のほうの人も必ず目を通す。だから一人の社会人として、きちんと型を守って、硬く正しく作る。それを忠実にやってきた。崩すわけにはいかない。
誰かに「お前は硬く書け、遊ぶな」と命じられたわけではない。むしろ、そんなことを言われたことは一度もない。でも、立場を考えれば自然とそうなる。読む人の顔を思い浮かべれば、冒険なんてできない。
だから私の書くそれには、遊びの幅というものがまるでない。
たとえば私はときどき、世の中の制度について思うことがある。この仕組みは現場のことを分かっていないな、とか。ここはもう少し働く人にやさしくできないのか、とか。あるいはふとした時に、この仕事は少し寂しいな、と感じることもある。
でも、そういう個人的な感情や、ささやかな意見を、あの硬い読み物に書くことはできない。書いてはいけないと言われたわけではない。ただ、あの型の中に、私の本音が入る隙間はどこにもないのだ。
これが、私の限界だ
抑圧された仕事だと思う。
読んでくれている社員の中にも、きっと思っている人がいる。もっと面白い読み物が読みたいな、と。その気持ちは痛いほど分かる。作っている本人が、面白くないと思っているのだから。
でも、ここが私の限界だ。
みんながどれだけ「もっと面白いものを」と思っても、私にはあの型を破る度胸がない。長年かけて固めてきた「正しく硬く作る」という自分のやり方を、自分から壊す勇気が、どうしても出ない。情けない話だけれど、これが本当のところだ。
もし、いつかその型を破れる日が来るとしたら。それはたぶん、私がこの仕事を後任に引き継ぐ時だと思う。
その時、私はこう伝えたい。
「型は、ここにある。でも、好きにやっていいよ」と。
私が破れなかった殻を、次の人には軽やかに破ってほしい。そう思っている。
だから、ここで書いている
ここまで読んで、気づいた人もいるかもしれない。
そう。このブログは、私にとって、その「裏返し」なのだ。
会社の読み物には書けなかった、制度について感じたこと。現場で抱いた、小さな怒りや戸惑いや寂しさ。硬い型の中では決して入れられなかった、私の本音。そういうものを、ここでは思うままに書いている。
「正直に言う」と毎回のように切り出すのも、たぶんその反動だ。硬く当たり障りなく書き続けてきたぶん、ここでくらいは正直でいたい。きれいごとじゃなく、現場で本当に思ったことを、本当の言葉で届けたい。
このブログは、私が本当に書きたかったことを、本当に書きたかったやり方で書ける、たった一つの場所なのだ。
だから、これからも私はここで正直に書く。型に縛られず、誰の顔色もうかがわず。現場から、あなたに向けて。それが、私がここにいる理由だから。
「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」


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