「扶養」という言葉を、聞いたことはあるだろうか。
なんとなく知っているようで、中身はよくわからない。私も、この仕事を始める前はそうだった。
その扶養の手続きが、2026年4月から変わった。そして現場は——正直、ちょっと大変になった。今日は、その話をする。
そもそも「扶養」って、何の話か
ざっくり言うと、家族の誰かが、別の家族に生活を支えてもらっている状態のことだ。
たとえば配偶者が、収入の少ないパート勤めだとする。その人を「扶養に入れる」と、自分で社会保険料を払わなくても健康保険が使える。病院にもかかれるし、年金の面でも優遇がある。このあたりは「第3号被保険者」という仕組みだが、深入りすると長くなる。詳しくは公式に譲る。
ここで一つ、大事な注意がある。「扶養」には2種類あるのだ。
健康保険(社会保険)の扶養と、所得税の扶養控除。この2つは、名前は似ているがまったくの別物だ。今日話すのは前者——健康保険の方の扶養。税金の方とは、要件も手続きも違う。ここを混同すると、現場でもよく事故が起きる。
2026年4月から、判定の方法が変わった
これまで、配偶者を扶養に入れられるかどうかは、「今後1年間で、どれくらい稼ぎそうか」という収入の見込みで判定していた。いわゆる「130万円の壁」だ(年齢などによって基準が違う場合もある)。
「年収の壁」という言葉、ニュースで聞いたことがある人も多いだろう。働き控えがどうの、と何度も報道されていた、あれだ。
その判定の方法が、2026年4月から変わった。「労働条件通知書」——その人がどんな条件で働く契約になっているかを記した書類——をもとに判定する。時給、勤務時間、手当。契約上の数字から年収の見込みを出して、判定するやり方だ。
これは思いつきの運用変更ではない。事前に通達が出され、2026年4月から正式に適用された、れっきとした制度変更だ。細かい要件は公式に整理されている。正確なところは、必ず日本年金機構の案内で確認してほしい。
これは、誰のための改正なのか
正直に言う。この改正には、ちゃんと意図がある。
これまでは、繁忙期にちょっと多く働いて、うっかり130万円を超えると、扶養を外れてしまうことがあった。だから「これ以上働くと損だ」と、わざと労働時間を抑える人が多かった。いわゆる「働き控え」だ。
契約上の収入で判定するようにすれば、「契約通りに働いていれば、一時的に忙しくても扶養は外れない」という安心感が生まれる。この働き控えをなくすことが、国の挙げる今回の狙いだ。働く人にとっては、優しい改正である。
だが。現場の実務担当者から見ると、話は少し違う。
新しい判定のために、「労働条件通知書を出してください」という確認が増えた。配偶者の勤め先が発行した書類を、わざわざ取り寄せて、提出してもらう。要は、集める書類が一枚増えたわけだ。
要件を正確にするのはいい。だが、その確認の手間を、現場に丸ごと預けてはいないか。働く人に優しくした分の負担が、巡り巡って、手続きする側に積み上がっている。これは、私の現場での実感だ。
そして、用意する側も実は大変だ。
「労働条件通知書を出してください」と言われた配偶者の勤め先——そこにも、書類を発行する担当者がいる。よその会社の扶養手続きのために、自社の労働条件通知書を引っ張り出して、コピーして、渡す。同じ管理部門の人間として、その手間が手に取るように分かる。一つの制度変更が、まったく無関係な会社の担当者にまで、地味な仕事を一つ増やしている。負担は、見えないところで連鎖していく。
それを、社員に説明するのも仕事だ
もう一つ、地味に重いものがある。社員への説明だ。
制度が変わった、と言われても、ほとんどの社員にとっては寝耳に水だ。「なんで急に、配偶者の会社の書類なんかいるんですか」と聞かれる。当然の反応だと思う。
こちらは、改正の趣旨から、必要な書類の種類、どこで手に入るかまで、噛み砕いて伝えないといけない。相手は制度の専門家ではない。専門用語を並べても伝わらない。かといって、いい加減なことも言えない。間違ったことを伝えれば、社員が無駄足を踏む。
制度を正しく理解し、それを馴染みの無い人に分かる言葉に翻訳して、一人ひとりの事情に合わせて案内する。この「翻訳」こそ、実務担当者の隠れた本業なのかもしれない。手続きそのものより、よほど神経を使う。
配偶者の収入を、どうやって証明するか
新しい方法で扶養に入れるには、配偶者の労働条件通知書と、収入を証明するもの(直近3か月分の給与明細など)が要る。
ここで、思わぬ壁にぶつかることがある。
配偶者の書類なのだ。本人の書類ではない。だから、配偶者本人に「給与明細と労働条件通知書を出してほしい」と頼まないといけない。
——もし、配偶者との仲が、あまり良くなかったら。
笑い話のようだが、これは現実に起きる。扶養に入れる、というそれだけのことが、家庭の事情ひとつで一苦労になる。問題は、それだけではない。様々な事情で、給与明細がすぐに用意できない人もいる。いろんな家庭がある。
そういう時、どうするか。私は一度、年金事務所に「こういう方法ではどうか」と相談してみたことがある。通帳のコピーを用意し、残高など振込以外の情報は塗りつぶして、数か月分の振込の記録だけを、給与明細の代わりとして提出する、という方法だ。
正直、奇策の部類だと思っていた。だから通るかどうか、半信半疑だった。
——結果から言うと、この方法で、扶養は認められた。
正直、ほっとした。事情を抱えた社員のために、なんとか道が見つかった。
ただ、ここは強く言っておきたい。これは「通帳のコピーで必ず通る」という話ではない。今回はたまたま認められたが、ちょうど制度が変わったばかりの時期で、窓口も柔軟に対応してくれたのかもしれない。時期が変われば、窓口が変われば、同じ方法が通る保証はどこにもない。あくまで、正攻法は労働条件通知書と給与明細をそろえることだ。
もし、どうしても書類がそろわない事情があるなら——自分で奇策を編み出す前に、まず年金事務所に正直に相談してみてほしい。「こういう事情で、これしか用意できないのですが」と。窓口は、案外、一緒に考えてくれる。私が通帳のコピーにたどり着けたのも、相談したからだ。
ところで、ずっと「配偶者」と書いてきたが
ここまで、なんとなく「夫が妻を扶養に入れる」前提で読んだ人も、いるかもしれない。
だが、世は令和だ。配偶者のどちらが、どちらを支えてもいい。養う側と養われる側に、性別は関係ない。立場が入れ替わっても、話はまったく同じだ。
扶養ひとつ取っても、こんなに単純ではない。一つの手続きの裏に、制度の意図があり、現場の手間があり、家庭の事情がある。一人ひとりの家庭に違う事情があり、労務担当者はそれを把握した上で手続きを進めなければならない。管理している数字の向こうに、社員の生活が直結している。前にこの記事でも似たことを書いたが、まさにこれこそが労務の一丁目一番地——これが実務だ、と言いたくなる部分なのだ。
それにしても、社会保障の制度は、どうしてこんなに複雑なのだろう。実は、それについて私なりに考えていることがある。
「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」
次はこの話をするね
制度はなぜ複雑になるのか〜摩天楼理論〜


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