正直に言う。
ある日、一本の電話が鳴った。
営業のトップからだった。声に、少し棘がある。
「おい、会社のスマホ、電池の減りが早すぎる。仕事にならん。交換してくれ。いや、いっそ新品にしてくれ」
相変わらず、ぐいぐい来る人だ。外を飛び回って仕事を取ってくる、頼れる人ではある。ただ、こういう時の勢いも、なかなかのものだ。
そして、こう続けた。
「あれか?充電しっぱなしにしとくと、電池が傷むんだろう。それでへたったんじゃないのか」
なるほど。充電しっぱなし犯人説。確かに、昔はよく言われた。私もどこかで聞いた覚えがある。でも——それは、たぶん違う。
「充電しっぱなし」は、今はそんなに悪くない
「充電しっぱなしは電池に悪い」。この話、半分は本当で、半分は昔の話だ。
確かに、満充電のまま、ずっと充電し続けると、電池には負担がかかる。これ自体は、間違いではない。昔のガラケーや、電池パックを自分で交換していた時代は、この「充電しっぱなし」が、わりと本当に電池を傷める要因だった。営業のトップの知識も、その頃のものだろう。
でも、今は事情が変わっている。最近の多くのスマホには、「満充電に近づくと、充電の仕方を自動で調整する」ような仕組みが入っている。たとえば、夜中ずっと充電器につないでいても、100%手前で一度止めて、朝の使い始めの時間に合わせて満タンにする、といった具合だ。だから、「充電しっぱなしだから、こんなに早くへたった」というのは、最近の端末では、考えにくい。
そう伝えて、私はもう少し、冷静に考えてみることにした。
まず、慌てて交換しない
そもそも、「わかりました、すぐ新品を手配します」と動くのは、総務として、たぶん早計だ。
会社で支給しているスマホは、特別に高性能なものではないが、一般的な業務に使う分には、十分なスペックがある。だから「性能が足りなくて電池が保たない」というのは、考えにくい。しかも、その端末は、わりと最近、新しくしたばかりだった。経年劣化で電池がへたる時期には、まだ早い。それに、同じ端末を使っている他の社員から、「電池の減りが早い」という報告は、一件も上がっていない。
新しい。他の人は問題ない。性能も十分。充電しっぱなしも、今は犯人になりにくい。——では、この一台だけが不良品なのか? 可能性を一つずつ消していくと、どうにも、端末そのものが悪いとは思えなくなってくる。
それに、端末の交換は、実はそんなに手軽な話ではない。新しい端末になれば、アプリを入れ直し、それぞれのログインもやり直し。設定も、また一から。交換した本人に、それなりの手間がかかる。原因も分からないまま交換して、もし同じことが起きたら、その手間がまるごと無駄になる。
だから私は、こう返した。「交換の前に、まず何がそんなに電池を使っているか、調べてみてもらえますか」
電池を「何が使っているか」は、調べられる
意外と知られていないが、スマホは「どのアプリや機能が、どれだけ電池を使ったか」を、自分で確認できる。
機種によって名前は少しずつ違うが、だいたいは「設定」の中の「電池」や「バッテリー」といった項目を開くと、電池の使用量が見られる。そこに、アプリや機能ごとの内訳が、ずらりと並ぶ。何に、どれだけ使ったか。これを見れば、電池を食っている犯人が、たいてい分かる。
「そのやり方で、一度ご自分の端末を見てみてください」と伝えて、その日はいったん、調査をお願いした。
犯人は、判明した
後日、営業のトップが、調べた結果を持ってきた。少し、バツの悪そうな顔をしている。
電池を一番使っていたもの。それは、充電しっぱなしでも、特別なアプリでも、端末の故障でもなかった。
通話。つまり、電話のかけすぎ、だった。
考えてみれば、当然だ。外を飛び回って、一日中あちこちに電話をかけ続けている人なのだ。電池が保つわけがない。端末は、何も悪くなかった。不良品でも、不具合でもない。むしろ、よく頑張っていたほうだ。
ならば、対処は簡単だ
原因が分かれば、話は早い。電池を一番使っているのが通話なら、対処は二つに一つ。電話を減らすか、電池を足すか。
営業のトップに「電話を減らしてください」とは、口が裂けても言えない。それがこの人の仕事そのものなのだから。減らせるわけがない。
ならば、答えは一つだ。
じゃあ、モバイルバッテリーを買ってください。
案内は、以上だ。
慌てて交換しなくて、よかった
……と、オチのように書いたが、これは地味に大事な話だと思っている。
もし、あの最初の電話で「わかりました、すぐ交換します」と動いていたら。あるいは「充電しっぱなしが原因ですね」と、それっぽい俗説を鵜呑みにしていたら。どちらにしても、端末は何ともなかったのだから、交換しても、充電の仕方を変えても、電話の量は変わらない。きっとまた「電池が保たない」と、電話がかかってきたはずだ。手間だけかけて、振り出しに戻る。これでは、目も当てられない。
「交換してくれ」と言われて、すぐ交換する。「充電しっぱなしが悪い」と聞いて、すぐ信じる。どちらも、対応としては早いが、賢くはない。要望や、それっぽい思い込みが来た時、まず「本当にそうか」「原因は何か」を一歩引いて確かめる。その一手間が、いろんな無駄を、未然に防いでいる。
感情的に「なんとかしろ」と来たものを、淡々と事実で解きほぐす。地味だが、これも管理部門の、立派な仕事の一つなのだ。
——とはいえ。あの満面の「交換しろ」の勢いが、しゅんと「通話でした」に変わった時の顔は、ちょっとだけ、面白かった。これは、内緒だ。
「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」
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