その名前、パソコンで出ますか?〜「外字」と戸籍フリガナに振り回される労務の現実〜

労務・社会保険

正直に言う。

新入社員が入ってくるたびに、私はある作業で、人より少しだけ慎重になる。

名前の登録だ。

給与システムに、社会保険の手続きに、社員名簿に。新しく入った人の氏名を、何度も打ち込む。ただ名前を入力するだけ。そう思うだろう。私も昔はそう思っていた。

でも、これがなかなか、油断ならないのだ。


「さいとう」さんが、入ってきた

たとえば、「さいとう」さんが入社してきたとする。

ここで気を抜いてはいけない。「さいとう」の「さい」は、何種類あると思うだろうか。

齊藤。齋藤。斎藤。斉藤。

パッと見ただけでも、これだけある。しかも、これらは「どれでもいい」わけではない。その人にとっては、自分の名前は、その一字でなければならない。「斉藤」さんに「斎藤」と書いたら、それは厳密には、別の名前になってしまう。

だから私は、本人に確認する。「失礼ですが、こちらの『さい』のお字は、どちらでお間違いないでしょうか」と。本人の認識と、提出された書類と、戸籍上の表記。これがぴたりと揃って、初めて安心して登録できる。

「さいとう」だけではない。「たかはし」さんもそうだ。「高橋」なのか、「髙橋」——あの、はしごのように見える「髙」なのか。点や画が一つ違うだけで、これもまた別の字として扱われる。

こういう、見た目はよく似ているが正式には別物、という漢字を、異体字という。「崎」と「﨑」、「辺」と「邊」と「邉」。挙げていけば、本当にきりがない。日本の名字は、こうした異体字の宝庫なのだ。


システムは、そんなに優しくない

厄介なのは、ここからだ。

本人の正しい字が「髙橋」だと分かった。よし、では登録しよう——としても、使っているシステムが、その字を受け付けてくれるとは限らない。

変換しても出てこない。出てきても、印刷したら別の字に化ける。あるいは、文字化けして、四角い豆腐のような記号になる。そういうことが、現場では普通に起きる。

本人は「髙橋」で生きてきた。でもシステムは「高橋」しか受け付けない。さて、どうするか。やむを得ず「高橋」で登録して、備考欄に「正式には髙(はしごだか)」と書き添える。そんな折衷案を取ることもある。

たった一字。されど一字。その人のアイデンティティの一部を、システムの都合で勝手に変えるわけにはいかない。かといって、現実のシステムには限界がある。この板挟みの中で、一番納得のいく落としどころを探る。名前ひとつ登録するのに、これだけのことを考えている。


そういえば、私の家にも、ハガキが来た

異体字とにらめっこしながら、私はふと、少し前のことを思い出していた。

私の家にも、お役所から一枚のハガキが届いたのだ。「あなたの戸籍に記載する、氏名のフリガナはこれで合っていますか」という、確認の通知だった。

最初は、何のことかと思った。だが調べてみて、納得した。これまで戸籍には、氏名の「読み方(フリガナ)」が、正式には記載されていなかったのだ。漢字はある。でも、その読みは、公的には定まっていなかった。それを、新たに戸籍へ記載することになった——という、国の制度の話だった。

言われてみれば、不思議な話だ。あれだけ漢字には厳密なのに、読みのほうは今まで宙ぶらりんだった。日本の名前は、漢字だけでなく、読みのほうにも沼があるのだ。

たとえば、フリガナに小さい「ッ」や「ャ・ュ・ョ」が入る名前。あれが、大きい「ツ」や「ヤ」になっていないか。濁点は付いているか。確認の通知には、そういう細かい注意書きまであった。漢字の異体字と、まったく同じ構図だ。小さな違いが、その人の名前を決定づける。

では、なぜ今さら、国はそんなことを始めたのか。

調べると、ちゃんと理由があった。フリガナが公的に定まることで、本人確認がより確実になる。さらに、読み方を使い分けて金融機関に複数の口座を作る、といった不適切な行為を防ぐ狙いもあるという。なるほど、と思った。これも、誰かを守るための仕組みなのだ。正確なところは、政府広報オンラインの案内にまとまっている。

一つだけ、念のため書いておく。この通知に関して、お役所が手数料やお金を要求してくることは、絶対にない。もし「フリガナの登録に費用がかかります」などという連絡が来たら、それは詐欺だ。ハガキに乗じた、怪しい手口には気をつけてほしい。


そして、目の前の書類に戻る

ハガキの記憶から、意識が戻ってくる。

目の前には、新入社員の登録書類。「さい」の字を確認し、システムで化けないかを確かめ、必要なら備考に書き添える。私の手は、また同じ作業に戻っていく。

戸籍のフリガナも、目の前の異体字も、根っこは同じだ。一人ひとりの名前を、正確に、取り違えずに扱う。それがどれだけ手間でも、決して雑にはできない。名前は、その人そのものだから。

そして、それを日々の現場で受け止めているのが、私たちのような管理部門の人間だ。国が制度を整え、システムが仕組みを用意する。その一番末端で、生身の社員一人ひとりの名前と向き合っているのは、結局、現場なのだ。

それにしても、と思う。

漢字があって、その異体字があって、読みがあって、その表記の揺れがあって。一つの名前に、これだけの奥行きがある。日本という国は、つくづく、名前ひとつとっても複雑だ。

でも、その複雑さの一つひとつに、誰かの歴史と、誰かの事情が詰まっている。そう思えば、この面倒な確認作業も、悪くないものに思えてくる。今日もまた、一人分の名前を、丁寧に登録する。

「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」

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