「今回からお前がやってみろ」〜社員の身内の不幸、総務の対応を一から覚えた話〜

総務・庶務

正直に言う。慶弔は、こちらの都合で選べない。

訃報は、ある日突然に届く。こちらがどれだけ忙しくても、何の心構えもしていなくても、関係なくやってくる。そして管理部門には、その「突然」を会社として受け止める役目がある。とりわけ弔事は、待ったがきかない。

今日は、私が初めてその役目を引き受けた日の話をしたい。総務として、社員のご家族の不幸に、会社としてどう動くか。手順を知らずに、青ざめながら覚えた記録だ。同じ立場で、いま戸惑っている誰かの役に立てば、と思う。


「凪、今回からお前がやってみろ」

ある日、一本の電話が入った。続いて、内容がメールで流れてくる。ある社員の奥様が亡くなられた、という知らせだった。

訃報というのは、伝わるのがとても速い。受け取った誰かから、上へ、そして関係する部署へ。あっという間に社内に広がっていく。悲しみと、「会社として、どう弔意を示すか」という判断が、同時に、静かに走り出す。

こうした慶弔ごとの手配は、もともとB部長代理(総務担当)の仕事だ。長年、この人が一手に引き受けてきた。私は横で見ていただけだった。

ところがその日、B部長代理は私にこう言った。

「凪、今回からお前がやってみろ」

——さあ、困った。

正直に白状すると、何から手をつければいいのか、さっぱり思い浮かばなかった。香典は出すのか。葬儀場には行くのか。行くなら、今からか。誰に確認すればいいのか。疑問ばかりが次々と湧いてくる。頭の中が、真っ白になった。

慶弔の手配なんて、これまで一度も自分でやったことがなかった。見ているのと、自分で動くのとでは、こんなにも違うのか。改めて思い知った。


投げっぱなしには、しなかった

でも、B部長代理は、私を投げ出したわけではなかった。ちゃんと横について、手順を一つずつ教えてくれた。

まず教わったのは、今回のご葬儀が「家族葬」だということ。そして家族葬の場合、会社からの参列や香典は、ご遺族の意向で辞退されることが多い、ということだった。

最近は、ご家族だけで静かに送りたい——そういうご意向の葬儀が増えている。大勢に来てもらうのではなく、近しい人だけで。だから会社として、参列を控え、香典も辞退の意を汲む。その代わりに、弔意は別のかたちで届ける。「会社として、何をして、何をしないか」を、まず相手のご意向から考える。これが入り口なのだと知った。

では、何を届けるのか。今回は、弔電と供花。この二つを会社として手配することになった。そして、その手配に使うのが、ネットから慶弔の電報を申し込めるサービスだと教えてもらった。

何事も、最初は不安でいっぱいだ。でも、隣でちゃんと教えてくれる人がいる。それだけで、震える手が少しだけ落ち着く。


問題は、確定ボタンを押す時だった

手順そのものは、教わりながら進めれば、思っていたより複雑ではなかった。台紙を選び、お届け先や式典の情報を順番に入力していく。受取人のお名前、お届け先、会場、日時。一つずつ埋めていく。

問題は、最後だった。すべてを入力し終え、「確定」のボタンに指をかけた、その時。

私の手は、止まった。

会場は、合っているか。電話番号は。喪主のお名前は。そして——日付は。

もし、お届けの日付を間違えたら。式典の終わった翌週などに届いてしまったら。目も当てられない。弔意を伝えるどころか、かえってご遺族を傷つけてしまう。

喪主のお名前、故人のお名前も同じだ。弔いの場で、お名前を間違える。それはシンプルに、失礼のド直球だ。間違っているところを想像しただけで、身が震えた。

だから、何度も確認した。一度、二度では足りない。会場、番号、喪主、日付、お名前。上から下まで目で追って、また最初に戻る。それでもまだ、不安だった。

最後は、恐る恐る、B部長代理に画面を見てもらった。「これで、大丈夫でしょうか」。一字一句、一緒に確かめてもらう。

「うん、これでいいよ」

その一言で、私はようやく、確定ボタンを押すことができた。押した瞬間、ふうっと、大きく息が出た。

——たぶん、慶弔の手配が人の手から離れにくいのは、これなのだと思う。手順は、覚えればいい。でも、「間違えたら、悲しんでいる人に、会社として失礼を働く」という重さの前で、最後のボタンは、一人ではなかなか押せない。誰かに「これでいい」と言ってもらう、その安心が要る。だから慶弔は、ベテランに集まりやすい。


引き出しの中に、備えはあった

ひととおりが落ち着いてから、私はふと気になって、B部長代理に聞いてみた。

「こういう時って、昔はどうしてたんですか」

ネットの電報サービスなんて、なかった頃。会社として参列するのが当たり前だった頃。どうやって、その「突然」に備えていたのだろう。

B部長代理は、ニコッと笑って、自分の机の引き出しを開けた。

そこには、数珠と、黒いネクタイと、香典袋が入っていた。

いつ来るか分からない日のために、引き出しの中で静かに、出番を待っている。私はそれを見て、驚いた。そんな備えが、こんなに身近にずっとあったのか。何度もこの引き出しの前を通っていたのに、私はまったく気づいていなかった。

慶弔とは、そういうものだ。予定表には書けない。いつ来るかも選べない。けれど、必ず、いつか来る。そして、その日に慌てないために、誰かが静かに備えている。引き出しの中の数珠は、その備えの、いちばん分かりやすいかたちだった。

私はまだ、慶弔の手配を一度やっただけの、ひよっこだ。知らないことが、山ほどある。でも、この日、一つだけ分かったことがある。突然の知らせに、慌てず、心を込めて向き合うために、いちばん要るのは、手順の知識ではない。「備えておく」という、その心構えのほうだ。

引き出しの数珠を、いつか、私も自分の机に。そう思いながら、私は、初めての慶弔手配の日を終えた。

「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」

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弔電の手配は、突然に〜あのボタンが、一人で押せるようになるまで〜

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