正直に言う。あの時の私は、知識だけはあった。でも、やったことはなかった。
お昼休み、のんびりしていた時だ。事業所から、焦った声で電話がかかってきた。
けたたましい音が、鳴り止まない
電話口の相手は、事業所の社員だった。何やら焦って物を言っている。要領を得ない。まずは落ち着かせ、冷静に話を聞いていくと、どうやらこういうことらしい。海外のドラマを見ていたら、画面に「今すぐお金を払え」という警告が出て、けたたましい音が鳴り始めた、と。
電話の向こうで、確かに何かが鳴り響いている。
会社のPCで見るなよ、とは思う。でも、その場の事業所長が許しているようだし、休憩中ならまあいい。こういうのも、円満な職場環境には必要なことなのだろう。本部だって、みんなでテレビを見ていたりするから、同じことだ。
知識はある。でも、試したことがない
今回、事務所の社員が遭遇した警告メッセージ。実は、こういう警告には、昔どこかで仕入れた知識があった。
——あれは、びっくりさせてるだけで、ブラウザさえ閉じることが出来れば、なんとかなるはずだ。
ただ、正直に言うと、半信半疑だった。知識として知ってはいても、自分で対処したことは一度もない。本当にそれで直るのか。やってみるまでは、わからない。
とにかく、電話越しに指示してみる。「キーボードのCTRLとALTとDELを一緒に押して、タスクマネージャーを出して下さい。タスクマネージャーが出てきたら、プロセスの中からブラウザを選択し、右クリックでタスクの終了を押し、ブラウザを閉じてください」と。
……伝わらない。
自分で言ってて気づいたが、これでも専門用語が多かったらしい。PCに詳しくない人からしたら、宇宙用語が飛び交っているように聞こえる。更に相手は焦っている。キーボードの操作がおぼつかない。電話口で操作を伝えるのは、想像以上に難しい。さて、どうしたものかと思案し、結局近くにいるPCに詳しい若い人に代わってもらい、対応を指示した。
すると——音が、止まった。
直った。知識は、本当だった。ほっとすると同時に、小さな手応えがあった。
でも、本当に大丈夫なのか
音は止まった。画面も消えた。これで一安心ですよ、と相手に伝えたが、相手はまだ焦っている。ウイルスが入っているのではないか、と。
私はその海外ドラマのサイトを見たわけでも、警告画面を見たわけでもない。ならば、本当に、ウイルスが入っていないとは言い切れない。
私は当然、現地にいない。飛んでいって、ここが怪しいのではないかとPCを直接調べることはできない。遠隔でサポートする手段もあるにはあるのだが、試した所そのPCはなぜかうまく機能しなかった。だから、現地の若い人に再度頼んで、全フォルダのウイルスチェックを走らせてもらった。
結果は——何も出てこなかった。シロだ。
そこで、ようやく一安心した。
こういう時、ウイルス対策ソフトが入っていると心強い。すぐにスキャンをかけて、白黒つけられる。最近は、ウイルス対策ソフト無しでも、Windows側でかなり高度にブロックされている、らしい。ただ、こうした緊急事態の時に、ウイルス対策ソフトのありがたみが痛いほどわかる。何かあった時に「とりあえず調べられる」という安心材料は、現場の不安をひとつ減らしてくれる。
ただ、正直に書いておく。今回うまくいったのは、ソフトのおかげだけではない。遠隔がうまく動かなかった以上、最後に頼りになったのは、現地で実際に手を動かしてくれた若い人だった。ソフトを入れていても、結局は人が動かないと対処できない場面は、ある。
後で調べて、名前を知った
後になって調べてみて、ようやくわかった。
あれは「サポート詐欺」という、れっきとした手口の名前がついたものだったのだ。
パソコンを使っていると、突然、大きな警告音とともに「ウイルスに感染しました」といった画面が出る。そして「サポートに電話を」と番号を表示して、不安をあおる。だが、警察庁などの公的機関がはっきり注意喚起しているとおり、この偽の警告画面は、ウイルス感染の有無に関わらず表示される。あの音も、あの「金を払え」も、こちらを慌てさせて電話をかけさせるための、脅しの演出だったわけだ。そもそも、Windowsのエラーや警告メッセージに、電話番号が表示されることはない。
道理で、ブラウザを閉じたら音が止まったわけだ。ウイルスではなく、ただの画面表示だったのだから。スキャンしてシロだったのも、当然だった。
慌てて画面を閉じたい時は、公的機関も次の方法を案内している。キーボードの「Alt」を押しながら「F4」を押す(今開いている画面を閉じる操作)。それでだめなら、「Ctrl」「Alt」「Delete」を同時に押して、タスクマネージャーからブラウザを終了する。私が現場で指示したのも、この方法だ。
正確な手口や対処法は、必ず公式を確認してほしい。
知識として知っていたつもりでも、いざ自分の現場で起きると、半信半疑で手が震える。「なんとなく知っている」と「実際に対処できる」の間には、思っているより大きな溝がある。今回、その溝を一つ、埋められた気がする。
会社のパソコンなら、まず管理者に
今回、事業所の社員は、慌てながらも、すぐに私(管理部門)に電話をくれた。実は、これが正解だ。
IPA(情報処理推進機構)も、会社や組織のパソコンにこうした警告が出たら、自分で何とかしようとせず、まず管理者に連絡を、と呼びかけている。会社のPCは、自分一人のものではない。下手に画面の指示に従って操作すると、会社全体に被害が及ぶこともある。だから、「怖い、どうしよう」と思ったら、自己判断で進めず、管理部門なり情シスなり、社内の担当に声をかけてほしい。慌てた社員からの電話は、正直、お昼休みにはこたえる。でも、勝手に電話をかけてしまわれるより、ずっといい。
もし、電話してしまったら
今回は、電話をかける前に、画面を閉じて事なきを得た。でも、もし、慌てて画面の番号に電話をかけてしまったら——もう手遅れだ、と諦めないでほしい。まだ、できることがある。これも、警察庁が案内している内容だ。
まず、電話してしまっても、その後の指示には従わないこと。相手は、たいてい「ソフトをインストールしてください」と言ってくる。これは、遠隔操作のためのソフトであることが多い。入れてしまうと、パソコンを乗っ取られ、不正送金などの被害につながるおそれがある。
もし、すでにソフトを入れてしまったら。まずインターネットを切断し、ウイルスチェックを行い、そのソフトをアンインストールする。アンインストールすることで、遠隔操作ソフトが削除される。可能であれば初期化し、パスワードも変更しておくと、より安心だ。
そして、お金を払ってしまった場合。クレジットカードで支払ったなら、すぐにカード会社に連絡して、支払いの停止を依頼する。電子マネー(ギフトカード等)で支払ったなら、その管理会社へ被害を連絡し、決済の停止を相談する。少しでも早く動けば、被害を食い止められる可能性がある。
偽の警告画面や、インストールしてしまったソフト、支払いの履歴などが分かる資料は、消さずに残しておくこと。後で相談する時に、役に立つ。
そして、一人で抱えないこと
これは、会社の話だけではない。むしろ、心配なのは、家にいる高齢の家族のほうかもしれない。
実は、うちの親も、こういう手口に弱い。言葉巧みに誘われると、ころっと信じてしまうところがある。いつだったか、電話で「お前、振込のやり方ってわかるか」と聞いてきたことがあった。聞けば、パソコンに警告が出て、お金を払えと言われている、と。
私は、慌てて止めた。そして、三つのことを伝えた。一つ、お金が発生するものは、とにかく一度立ち止まって、慎重になること。二つ、あの警告は、こちらをびっくりさせて、慌てさせるのが目的なのだということ。三つ、不安なら、自分たちで何とかしようとせず、とにかく警察に相談すること。それで、事なきを得た。
高齢の家族がいるなら、一度、この手口のことを話しておいてほしい。「パソコンに警告が出て、電話しろ、お金を払えと言われても、それは詐欺だよ」と。その一言が、いざという時の、お守りになる。
そして、もし困ったら、頼れる窓口がある。覚えておくと心強い。
- 消費者ホットライン「188」(いやや)……お金を払ってしまった、契約してしまった、という時の相談窓口。電話すると、近くの消費生活センターにつないでくれる。
- 警察相談専用電話「#9110」……詐欺かもしれない、と思った時の相談。被害に遭った場合は、資料を持って最寄りの警察署へ(事前に電話で日時を調整すると、話が早い)。
- IPA(情報処理推進機構)の安心相談窓口……偽の警告画面の閉じ方が分からない、といった技術的な相談。画面の「閉じ方体験サイト」も公開されている。
一人で抱え込んで、慌てて電話をかけてしまう前に。落ち着いて、こうした窓口を頼ってほしい。
最後に、ひとつだけ
今回は、これで収まった。現場も、大事には至らなかった。本当によかった。
ただ、最後に、担当者として、ひとつだけお願いを言わせてほしい。
——怪しげな海外のドラマサイトは、やめてください。どうか、信頼できるサイトで、安心して見られるドラマを見てください。
それが、巡り巡って、現場のPCも、私のお昼休みも守ることになるのだから。
「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」
次はこの話をするね
ウイルス対策ソフトは、本当に必要か〜個人はいらない、でも法人は別の話〜
今回の記事に関連しそうなもの
特にないよ


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