先週、PHPの脆弱性の話を書いた。世界中のホームページを動かす仕組みに、重大な欠陥が見つかった話だ。
その騒ぎがまだ落ち着かないうちに、もう一つ、セキュリティのニュースが飛び込んできた。
読んで、しばらく画面の前で固まった。
「正午までに、パソコンの電源を切ってください」
※この記事の内容は、2026年10月27日時点で私が調べた範囲のものです。状況は日々変わっているので、最新の情報は記事の最後に載せた公式のお知らせを確認してください。
GMOに何があったのか
舞台は、GMOインターネットが提供している「お名前.com デスクトップクラウド」というサービスだ。
ここで、私が最初に混乱したところを整理しておく。「お名前.com」は、ドメインの登録や、ホームページ用のレンタルサーバーなど、いくつものサービスで使われている名前だ。今回被害が出たのは、その中の「デスクトップクラウド」だけ。FXの自動売買のソフトを動かすために借りる、ネット上のパソコンのようなもの(VPS)だという。ホームページ用のレンタルサーバーなど、ほかのサービスへの被害は、この記事を書いている時点では公表されていない。
もう一つ。GMOは、FXの取引をする会社ではない。貸していたのは、自動売買のソフトを動かすための「場所」だ。取引口座そのものは、利用者がそれぞれ別のFX会社などに持っている。今回盗まれたのは、その口座に入るためのログイン情報だった。
公表されている流れを、ざっと並べるとこうなる。
- 10月20日:一部のサーバーに、不正なプログラムが仕掛けられていたことを確認
- 10月21日:全プランのサーバーを順次停止。影響の可能性があるサーバーは2万台以上
- 10月22日:サーバーに保存されていたFXなどの取引口座のログイン情報が盗まれ、不正に使われた可能性を公表
- 10月24日:情報が外部に持ち出されたことを確認。見舞金と、不正取引の損失の補償を発表
- 10月26日:代表が、攻撃者から巨額の金銭を要求されていたことを公表
そして、攻撃者とみられる人物から、新たな予告が届いた。27日の正午までにお金を払わなければ、顧客の情報を公開し、利用者のパソコンに攻撃を仕掛ける、と。
GMOは、要求には応じない方針だ。そのうえで、利用者にこう呼びかけた。
- 正午までに、パソコンのデータをバックアップする
- パソコンにつながっているケーブルを抜いて、電源を切る
- ウイルスのフルスキャンをする
- アカウントを守るための対応をする
どこから侵入されたのか、原因は、この記事を書いている時点ではまだ公表されていない。
GMO、PCのバックアップと電源オフ呼びかけ VPS利用者に きょう正午の攻撃予告受け(ITmedia NEWS)
剣と魔法の世界で言うと
正直、私もこのサービスのことは、今回初めて知った。だから、前の記事と同じように、剣と魔法の世界に置き換えて整理してみる。
ある町に、領主(GMO)が貸し出している、小さな工房がたくさんあった。借り主たちは、そこで魔法人形を一日中働かせている。人形の仕事は、両替商のところへ通って、金貨と銀貨を休まず両替し続けることだ(FXの自動売買)。
人形が働くためには、両替商の金庫を開ける鍵が要る。だから借り主たちは、その鍵を工房の中に置いていた(取引口座のログイン情報)。
ある日、盗賊団が工房に忍び込んだ。工房の壁に呪いの札を貼り(不正なプログラム)、置いてあった鍵を盗んで、勝手に金庫を開けた。
領主は慌てて、すべての工房の扉を閉ざした。そこへ、盗賊団から脅迫状が届く。
「正午までに金貨を払え。さもなくば、借り主たちの名簿をばらまき、借り主たちの家にも呪いをかけに行く」
領主は、払わないと決めた。そして、借り主たちにこう伝えた。
「正午までに、家の大事なものを写しておけ。そして、家の扉と窓を閉ざし、灯りを消せ」
盗賊団がどの扉から入ってきたのかは、まだ分かっていない。
「電源を切れ」の衝撃
私が一番衝撃を受けたのは、この最後の呼びかけだった。
電源を切って、ケーブルを抜く。
ウイルス対策ソフトでも、ファイアウォールでも、パスワードでもない。最後に頼ったのは、物理的に線を抜いて、つながりを断つことだった。
もちろん、これは被害を広げないための、正しい判断なんだと思う。何が仕掛けられているか分からない以上、つながっている限り、手を出される可能性がある。だったら、つながりそのものを断つ。理屈は分かる。
でも、言い換えれば、「デジタルの守りでは、もう守りきれないかもしれない」ということでもある。セキュリティの最後の砦が、コンセントだった。お手上げ、と言われたような気がした。
思い返せば、先週のPHPの騒ぎでも、首相が「ウェブサイトを一時的に止めることも有効策の一つ」と呼びかけていた。一週間のうちに、二度も「止める」という言葉を聞いたことになる。
このまま、攻撃のたびに電源を切っていたら。人類は、石器時代に帰ってしまうんじゃないか。そんなことまで、ちらりと考えた。
紙とFAXの、ひそかな勝利?
ここで、ふと、うちの会社のことを思い出した。
このブログの最初の記事で、うちは今もFAXと紙が現役だと書いた。DXが進まない、と嘆きながら。
でも、今回のニュースを読みながら、少しだけ思ってしまった。紙の出勤簿は、電源を切られても困らない。FAXは、ネットの向こうから呪いをかけられる心配もない。
もしかして、アナログの勝利なんじゃないか。
……と、一瞬だけ胸を張りかけて、思い直した。紙はなくすし、燃えるし、FAXは番号を一つ間違えれば、まったく知らない相手に届いてしまう。アナログにはアナログの弱点がある。どちらが勝ち、という話じゃない。
それでも、全部をデジタルに預けていない、という事実が、こういうときに少しだけ心を軽くしてくれるのも、本当のところだ。
分かっていても、後回しになる
もう一つ、心に引っかかった話がある。
GMOの代表がブログで明かしたところによると、社内の専門家から、改善すべき課題が事前に指摘されていたそうだ。現場も対策を進めていた。でも、サービスを止められない事情や、ほかの仕事との優先順位を考えながら進めているうちに、その隙を突かれてしまった、と。
GMO熊谷代表「社内ホワイトハッカーが事前に指摘」も対策遅れ(ITmedia NEWS)
この話には、いろいろな意見があるようだ。ただ、私はこれを読んで、他人事とは思えなかった。
分かっている課題でも、今日も仕事が回っているなら、つい後回しになる。止めて直すより、止めずに回すほうが、目の前では楽だからだ。私も、このブログで「属人化はタイムボムだ」と書きながら、自分の仕事を後回しにしてきた覚えがある。
専門家を抱える大きな会社でも、そうなる。だったら、専門家のいない中小企業なら、なおさらだ。
対岸の火事、のはずだった
実は、このブログを始めるとき、サーバーの候補の一つに、お名前.comも入っていた。
結局、今は別の会社のサーバーを借りている。それに、最初に書いたとおり、今回被害が出たのはFXの自動売買用のサービスで、ホームページ用のレンタルサーバーとは別のものだ。だから、今のところ、私にとっては対岸の火事ではある。
でも、ほんの少し選択が違えば、こちら岸だったかもしれない。そして、先週のPHPの件のように、世界中が一斉に巻き込まれる火事もある。対岸の火は、いつ風向きが変わって、足元まで迫ってくるか分からない。
専門家じゃない私にできることは、多くない。それでも、今回のニュースを読んで、これだけは見直そうと思ったことがある。
- 大事なパスワードを、パソコンやサーバーに置きっぱなしにしていないか
- 二段階の認証を、使えるところでは使っているか
- 大事なデータのバックアップを、別の場所に取っているか
- いざというとき、「止める」判断を誰がするのか、決めてあるか
最後の一つは、今回一番考えさせられたところだ。電源を切る、サイトを止める。それが正しい判断だとしても、止めれば仕事も止まる。その決断を、誰が、どのタイミングでするのか。うちの会社では、まだ決まっていない気がする。
正午を過ぎて、何が起きたのか。この記事を書いている私には、まだ分からない。ただ、電源を切って正午を待った利用者の人たちが、どうか無事であってほしいと思う。
最新の情報は、公式のお知らせを確認してほしい。
「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」


コメント