正直に言う。
毎年、夏が暑くなっている気がする。いや、気のせいじゃないと思う。
実際、職場で熱中症になる人は、年々増えている。厚生労働省の発表によると、2024年に職場で熱中症にかかった人——亡くなった人、または4日以上休んだ人は、全国で1,257人。統計を取り始めて以来、過去最多だったという。しかも、その約8割が7月と8月に集中している。夏本番のこの時期が、まさに正念場ということになる。
今日は、そんな熱中症の話をしたい。きっかけは、少し前にさかのぼる。
「うちは関係あるのか、調べてくれ」
少し前のことだ。営業のトップから、こんな依頼を受けた。
お客さんのところで、熱中症対策の話を聞いてきたらしい。どうやら、罰則付きで義務化されるという。それで気になったのだろう。「凪、うちに関係あるのか、ちょっと調べてくれ」と。
外を飛び回って、いろんな会社の人と顔を合わせている人だ。現場の温度を、私たちより先に肌で感じて持ち帰ってくる。流石だな、と思う。
そこで、調べた。
結果から言うと、うちは対象の条件には当てはまらなかった。その旨を伝えると、営業のトップは「そうか、ならいい」とひと言。それで、この件は終わった。
正直、この調べものは、それで御蔵入りになるはずだった。
でも、ふと思った。うちは対象外でも、世の中には、炎天下で働く人が大勢いる。あの営業のトップだって、毎日、外を飛び回っているのだ。あの人たちのために、これがどういう制度なのか、改めてちゃんと調べ直して、書いておきたい。そう思った。幸い、土台になる資料は、あの時の調べもので揃っている。
というわけで、整理する。工事現場や、屋外で作業する会社にとっては、他人事じゃないはずだ。
努力目標が、罰則付きの義務になった
2025年6月1日。労働安全衛生規則が改正され、職場の熱中症対策が義務化された。
ポイントは、ここだ。これまでも「対策しましょう」という呼びかけはあった。でも、それは努力目標にすぎなかった。今回の改正で、それが「やらなければいけない義務」になり、しかも罰則が付いた。あの時、営業のトップが聞いてきた話は、本当になったわけだ。
国がここまで踏み込んだ背景には、さっきの数字がある。職場の熱中症が過去最多を更新し続け、亡くなる方も後を絶たない。しかも、その多くが、初期症状を見逃したり、対応が遅れたりしたことが原因だったという。「ちょっと体調が悪いだけ」が、命に関わる事態に変わる。それが熱中症の怖さだ。
どんな作業が対象になるのか
では、どんな職場が対象なのか。私が調べたときも、まずここが気になった。
目安はこうだ。WBGT(暑さ指数)が28以上、または気温が31度以上の場所。そこで、連続1時間以上、または1日に4時間を超えて行われる作業。これが「熱中症を生ずるおそれのある作業」とされ、対策が義務になる。
WBGTという言葉を、初めて聞く人もいるだろう。私もそうだった。これは「暑さ指数」と呼ばれるもので、ただの気温じゃない。気温に加えて、湿度、そして日差しや地面からの照り返し(輻射熱)まで含めて、人が実際に感じる暑さを数値化した指標だ。同じ31度でも、湿度が高くて風がなければ、体感の危険度はぐっと上がる。それを一つの数字で表したもの、と思えばいい。
自分の地域のWBGTは、環境省の「熱中症予防情報サイト」で誰でも確認できる。気になる人は環境省のサイトを見てみてほしい。
会社がやらなければいけないこと
義務の中身は、大きく2つだ。難しく書かれているが、噛み砕くとこうなる。
①「気づいたら、すぐ言える窓口」を決めておく。「なんか、しんどいかも」。そう思った時、誰に言えばいいのか。それが決まっていないと、人は我慢してしまう。言いそびれているうちに、手遅れになる。だから、体調が悪い本人も、異変に気づいた周りの人も、ためらわず声を上げられる相手を、職場ごとにあらかじめ決めて、みんなに知らせておく。学校でいう、保健室の先生みたいなものだ。「あそこに行けばいい」が、はっきりしているだけで、動きが全然違う。
②「倒れた時の動き」を、前もって決めておく。いざ誰かが倒れてから「どうしよう」では、遅い。だから、火事の避難訓練と同じだ。涼しい場所へ運ぶ、体を冷やす、必要なら救急車を呼ぶ。その手順と連絡網を、何も起きていない平時のうちに、決めておく。慌てている時の人間は、驚くほど動けない。だからこそ、段取りは先に作っておく。
要するに、「暑い中で誰かが倒れたとき、慌てず動ける準備をしておきなさい」ということだ。言われてみれば当たり前に聞こえる。でも、その当たり前が、いざという場面でできていなかった。だから対応が遅れて、命が失われてきた。だから、義務として明文化された。そう考えると、腑に落ちる。
ちなみに、救急車を呼ぶべきか迷ったときは「♯7119」(救急安心センター事業)に相談する、という選択肢も覚えておくといい。手順を整える上で、地味に役立つ番号だ。
罰則は、脅しではなく「重み」だと思う
気になる罰則について。労働安全衛生法に基づき、対策を怠った場合、6か月以下の拘禁刑(かつての懲役)、または50万円以下の罰金が科される可能性がある。会社(法人)に対しても、罰金が科されることがある。状況によっては、作業の停止を命じられることもある。
ただ、私はこの罰則を、「怖いから対策する」という方向で受け取りたくない。
罰則が付いたということは、それだけ国が「人の命に関わる、本気の問題だ」と位置づけた、ということだ。罰金を避けるためじゃない。人が倒れないために動く。順番さえ間違えなければ、罰則はおのずと付いてこない。罰則の重さは、そのまま命の重さなのだと思う。
制度の細かい要件や最新の取り扱いは、厚生労働省の「職場における熱中症予防情報」にまとまっている。正確なところは、必ず公式情報を当たってほしい。
守りたいのは、外で汗をかいている人だ
この制度を調べ直しながら、私はずっと、あの営業のトップや、その向こうにいる人たちのことを考えていた。今日も、暑い中で体を動かして働いている人たちのことを。
現場で連続して作業している人は、「ちょっとしんどいから抜けます」が、簡単には言えない。自分の意思だけでは休めない場面が、どうしてもある。だからこそ、会社が仕組みとして守る必要がある。「無理するな」と声をかけるだけじゃ足りない。無理せずに済む体制を、あらかじめ用意しておく。それが、今回の義務化の本当の意味だと思う。
義務だから、罰則があるから、じゃない。暑い中で働くあの人たちに、無事に夏を越してほしい。ただ、それだけだ。
そして、これを読んでいるあなたも。どうか、無理だけはしないでほしい。
「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」
次はこの話をするね
お抱えのハンコ屋が廃業した〜会社の印鑑、どこで頼む?を本気で調べた〜
今回の記事に関連しそうなもの
特にないよ


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