正直に言う。これは、国際結婚シリーズの、最後の話だ。
外国の方と結婚した社員の手続きを、私はいくつも調べてきた。結婚そのもののこと、奥様が退職して扶養に入ること、そしてもしもの備えのことまで。冷や汗をかきながら、ひとつずつ。
その締めくくりに、どうしても書いておきたい話がある。ずっと、心の隅に引っかかっていた、素朴な疑問の話だ。
「山田 スミス」になるんですか?
ことの始まりは、結婚の手続きを調べていた時だ。ふと、こんな疑問がよぎった。
名前は、どうなるんだろう。
たとえば、山田太郎さんという日本人男性が、エマ・スミスさんという外国の女性と結婚したとする。日本人同士なら、どちらかの姓に揃える。じゃあ、この二人は——「山田 スミス」みたいに、姓が合体でもするんだろうか。
我ながら、ずいぶんと素朴な疑問だ。でも、考えれば考えるほど、わからない。日本の習慣と、海外の習慣。それが一つになるとき、いったいどんな名前が生まれるのか。知らない世界だった。だから、いつものように、調べた。
調べて、わかったこと
結論から言うと、「山田 スミス」には、ならない。
日本人と外国人が結婚した場合、原則として、日本人配偶者の姓は、当然には変わらない。山田太郎さんは、山田太郎さんのまま。これが出発点だ。
なぜか。少し制度の話になる。日本人と外国人が結婚すると、その日本人について、新しく戸籍が作られる。でも、外国籍の配偶者は、その戸籍に「入る」わけではない。戸籍は、日本人のためのものだからだ。だから、日本人同士の結婚のように「自動的にどちらかの姓に揃う」という仕組みが、そもそも働かない。結果として、原則は別姓——それぞれ、元の姓のまま、ということになる。
(このあたりは戸籍法という法律の定めによる)
戸籍法第16条(e-Gov法令検索)
同じ姓にしたいなら——ここが、意外だった
じゃあ、どうしても同じ姓を名乗りたい、という夫婦はどうするのか。
私は、てっきり、家庭裁判所で許可をもらうような、大がかりな手続きが要るのだと思っていた。姓を変えるなんて、そうそう簡単にできることじゃないだろう、と。
ところが、違った。
日本人配偶者が、外国人配偶者の姓に変えたい場合、結婚の日から6か月以内なら、家庭裁判所の許可なしに、届出だけで変更できる。紙一枚で、いいのだ。これには、ちょっと驚いた。重い手続きを覚悟していたのに、期限内ならあっさり済む。(ちなみに、6か月を過ぎると、今度は家庭裁判所の許可が必要になる。だから、もし揃えたいなら、早めに動いたほうがいい。)
逆に、外国籍の配偶者が、日本人の姓を日常で名乗りたい、という場合もある。これは戸籍の話とは別で、住民票に「通称」として記載してもらえる仕組みがある。ただし、ただ希望すれば通るわけではなく、実際にその名前で生活している実態を示す資料などが要る。このあたりは自治体によって扱いも違うので、窓口で相談するのが確実だ。
(氏の変更届について)
戸籍法第107条(e-Gov法令検索)
でも、本当のところは、どうなんだろう
制度としては、わかった。原則は別姓。揃えたいなら、6か月以内の届出。理屈は、頭に入った。
でも——本当のところは、どうなんだろう。当事者は、これをどう受け止めているんだろう。条文を読んでわかった気になるのと、実際にその立場にいる人の感覚とは、きっと違う。そう思うと、無性に聞いてみたくなった。
機会は、ほどなくしてやってきた。
後日、奥様の扶養が無事に認められ、資格確認書——あの、保険証の代わりになる書類だ——を社員に渡すときのことだ。手続きが一段落して、少し空気がやわらいだ。私は、思いきって聞いてみた。もし差し支えなければ、という体で。
「お名前って、おふたりはどうされたんですか?」
あれだけ用意周到な彼が
すると、彼は、少し意外そうな顔をして、こう言った。
「あ……ごめんなさい、別姓が当たり前だと思っていて。正直、そこまで、考えが回っていませんでした」
これには、思わず笑ってしまった。
あれだけ用意周到な彼が、だ。結婚の手続きも、奥様の退職後の扶養も、起きてもいない「もしも」の備えまで、先の先まで考えていた、あの彼が。名前のことだけは、すっぽりと抜けていた。彼にとっては、それがあまりに当たり前で、わざわざ考えることですら、なかったのだ。
面白いものだと思う。人は、本当に当たり前になっていることほど、立ち止まって考えない。私が一回目に書いた「困っていない問題は、問題として認識されない」という話。あれと、根っこは同じだ。当たり前は、当たり前すぎて、見えなくなる。
せっかくなので、私が調べたことを伝えてみた。原則は別姓であること。揃えたいなら6か月以内に届出という方法があること。彼は、へえ、と感心したように聞いていた。
「勉強になります。僕も、まだまだ知らないことだらけです」
そう言って、彼は笑った。何もかも備える彼でも、知らないことはある。私も、調べてようやく知った。お互い、知らないことだらけのまま、それでも一つずつ確かめながら、前に進んでいる。なんだか、それがおかしくて、あたたかかった。
名前は、二人で決めていくもの
念のため、書いておく。名前にまつわる手続きは、お相手の国や、一人ひとりの状況によって、本当にさまざまだ。この記事は、あくまで私が一つの案件を通して調べた範囲の話にすぎない。実際に手続きをする方は、必ず、市区町村の戸籍窓口や、必要なら専門家に確認してほしい。ここは、いつものように、しっかり言っておく。
そのうえで、思う。
制度は「原則は別姓です」と言う。でも、二人が、これからどう名乗り、どんな家族になっていくのか。それは、制度が決めることじゃない。別々の姓のままでも、同じ姓に揃えても、どちらでもいい。名前のかたちは、二人が、二人で決めていくものだ。
私にできたのは、地図を広げて、確かな窓口へ手を引くことだけ。その先に続く、長い長い二人の物語は、二人だけのものだ。
手続きの、向こう側
結婚、退職、もしもの備え、そして名前。あの社員は、人生の節目を、次々と「手続き」という顔をして、私のところへ持ち込んできた。私はそのたびに冷や汗をかいて調べ、そのたびに、何かを学んだ。
でも、振り返ってみれば。淡々と書類をさばいているように見えて、その一枚一枚の向こうには、いつも、二人の暮らしがあった。マッチングアプリで出会い、国境を越えて結ばれた、二人の門出が。手続きは、その入り口にすぎなかった。
管理部門の窓口には、これからも、誰かの人生の節目が、手続きの顔をしてやってくるだろう。私はきっと、また冷や汗をかきながら、調べることになる。でも、もう知っている。その向こうには、必ず、誰かの生きた物語があるということを。
あの二人が、どんな名前で、どんな家族になっていくのかは、わからない。でも、これだけは、心から願っている。
どうか、末永く、お幸せに。
「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」

コメント