制度はなぜ複雑になるのか〜摩天楼理論〜

労務・社会保険

正直に言う。これは私の理論だ。憶測も、妄想も、たぶん入っている。

前回、扶養の手続きの話をした。たった一つの手続きなのに、制度の意図があって、現場の手間があって、家庭の事情があって——とにかく複雑だった。

それで、ずっと思っていたことがある。制度というのは、どうしてこんなに複雑になるのだろう。

昔、法律の勉強をしていた時にも、同じことを感じた。なぜこんなに入り組んでいるのか。なぜ例外の例外みたいな条文があるのか。読んでいて、頭がくらくらした。

そして、自分なりの結論にたどり着いた。名付けて、摩天楼理論だ。


摩天楼は、こうして建つ

まず、ある制度を「これでいきましょう」と設計する。シンプルで、美しい設計図だ。

すると、その穴を突く人が現れる。制度の隙間をかいくぐって、得をしようとする人だ。

放っておくわけにはいかない。だから、その穴を塞ぐために、新しいルールが足される。

ところが、その新しいルールにも、また別の穴ができる。すると、それを突く人がまた現れる。塞ぐ。穴ができる。突く。塞ぐ——。

このくり返しで、制度はどんどん上へ上へと積み上がっていく。最初はシンプルな平屋だったはずが、気がつけば、増築に増築を重ねた、巨大で複雑な建物になっている。

これが、私の言う摩天楼だ。社会保障制度などは、その最たる例だろう。扶養の年収判定が、契約ベースの新しい方式に変わったのも、見方を変えれば、また一階分積み上がった瞬間だったのかもしれない。


それでも、無意味な複雑さではない

こう書くと、制度への文句のように聞こえるかもしれない。実際、半分は文句だ。

だが、誤解しないでほしい。私は、この複雑さが意味もなく作られているとは思っていない。

一つひとつの増築には、理由がある。誰かが損をしないように。不公平が生まれないように。穴を突かれて、制度そのものが崩れてしまわないように。複雑さは、たいてい、誰かを守るための複雑さなのだ。

そして——ここが大事なところだが——その複雑な摩天楼を、現場で実際に動かす人間が要る。条文を読み解き、専門外の人にも分かる言葉に翻訳し、一人ひとりの手続きを間違いなく進める。

それが、私たちのような仕事だ。総務、労務、経理。こういう専門職は、複雑な制度を支えるためにこそ存在している。制度が摩天楼なら、私たちは、その中で日々エレベーターを動かしている管理人のようなものだ。


複雑さに文句があるなら

では、この複雑さが嫌なら、どうすればいいのか。

答えは、わりとはっきりしている。制度そのものを変えたいなら、投票に行くか、自分が政治家になるかだ。それが民主主義における、正しい訴え方だ。現場でぶつぶつ言っているだけでは、何も変わらない。

そして、自分が政治家になるわけでもない私たちにできるのは、決まった制度を追い続けることだ。改正があれば、きちんと内容を理解して、適切に処理を進める。文句を言う前に、まず正しく動かす。その意識を持ち続けることが、現場の人間の責任なのだと思う。

——と、ずいぶん偉そうな綺麗事を並べてしまった。

最後に、本音を一つだけ。

国を動かす皆様、どうかお願いします。これ以上制度を複雑にしないでください。摩天楼は、もう十分に高いです。

「総務・労務・経理で悩むあなたに、現場から届けます。」

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